多摩けいざい

特集 多摩のうごきを知る

中小企業におけるDXへの取組み

2024年1月25日

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DXに挑む地域インフラ企業/八洲やしま


株式会社八洲 代表取締役 加藤茂氏

 府中市の株式会社八洲は、ビルなどの給排水衛生設備、冷暖房設備、空調換気設備の設計・施工からアフターメンテナンスまでを一貫して行っている企業である。暮らしに欠かすことのできない重要インフラを取り扱う同社では、トラブル発生時にすぐ駆け付けることのできる距離に施工エリアを限定し、地域に密着する形で40年以上にわたり事業を営んできた。

 代表取締役の加藤茂かとうしげる氏は、創業当初からコンピューターを業務に取り入れるため、専門の担当部署を社内に設置していた。現在は、15人いる社員のうち3人がデジタル関係を統括する情報部に配属されている。数年前からは、東京都の補助金を活用してITコンサルタントの支援を受けながら 、社内におけるDX推進に力を入れている。以前からさまざまな業務ソフトやアプリを使ってきた同社では、現在は業務効率化のためのクラウドツールに、建設業向けの図面・現場施工の管理アプリや会計アプリなどのシステムを集約し、社内データの整理や統合を進めている。DX推進にかける年間コストは高額になるというが、それでも時代に合わせた持続可能な事業のためには、より一層DXを推し進めていく必要があると加藤氏は考えている。「20年ほど前にデジタルを導入した頃は、まだ抵抗のある社員もいたが、今では現場でもデジタルが当たり前になりつつある。その変化に対応し他社との差別化を図っていくには、それぞれの部署で使ってきたツールやデータをより有効に活用しないといけない。ツールを使いこなし、データを活かして先を読む力のある企業が生き残っていける時代だと感じている」

 エリアを限定した堅実な営業スタイルにより、徹底した品質管理と効率の良い仕事を実現し、顧客の信頼を確実に積み上げてきた同社。人員も予算も限られている中でDXを進めてきたのも、クオリティを下げずにより迅速な対応を可能とすることで顧客の満足度を高め、この先も地域の中で事業を長く続けていきたいからだ。

 同時に、こうした取組みは社内に向けたものでもある。DXを推進し効率化を図ることで、ストレスなく働ける環境をつくるのはもちろん、高齢となった現場の社員が将来的にデスクワークに移行することができる環境整備を目指している。長く働くことができる職場づくりにより人材不足に対応できるほか、新しい社員や若い社員への技術的な橋渡しをスムーズに進めていきたい狙いもある。「集めたデータや導入したシステムが宝の持ち腐れにならないように、しっかりとデジタル技術を使いこなして業務に活かしていきたい。今いる社員にもこうした取組みを十分に理解してもらえるように、デジタルを少しでも身近なものにしていくことが一つの目標」と語る。

“ありえない町工場”※1のデータドリブン経営/株式会社NISSYO


株式会社NISSYO 代表取締役社長 久保寛一氏

 次に紹介する株式会社NISSYOは、トランスと呼ばれる変圧器の設計・製造を行う羽村市の製造業だ。代表取締役社長の久保寛一くぼかんいち氏は、これまでも大胆な改革や革新的な取組みを次々と進め、会社を大きく成長させてきた。

 「Change or Die」(変わらないと無くなる)と「Fast eats Slow」(早いものが、遅いものに勝つ)を行動指針とする同社。その言葉の通りDXにもいち早く着手し、「DX認定」(国がDX推進の準備が整っている事業者を認定する制度)を多摩地域の中小企業で初めて取得するなど、先進的な取組みを行ってきた。第一歩となったのは、2015年に社内の人手不足をきっかけに、全社員にiPadを配布したことだったという。顧客に合わせたオーダーメイド方式の生産体制が特長の同社では、手作業が必要な工程も多く、受注量の増加に伴う人手不足を痛感していた。背景には国内における人口減少の影響も少なからずあった。労働力自体が減っているため、多くの企業で人材採用は厳しさを増しており、特に中小企業においてはより色濃く影響を受けてきた。そうした中で、受注増加に合わせて人員を増やすのは簡単ではない。

 そこで目指したのが、DXによる業務効率化や生産性の向上である。まず実施したのは、作業工程で使う図面などを全てiPad上で管理することだ。作業の進捗や誰がどの工程を行ったのかが全て記録され、社内で共有することも簡単にできるようになった。最近では、協力会社とも図面をデジタルで共有できる体制を整え、更なる生産性の向上を遂げている。

 DX推進の次のステップとして、データドリブン経営に取り組んでいる同社。業務アプリやバックオフィス業務は社内ポータルサイトである「アスヨクDX」に集約し、全社員が活用している。集約されたデータはリアルタイムで更新され、常に最新の情報が確認できる。毎日の作業量や作業内容を可視化した工程予定表も「アスヨクDX」で共有されており、作業の進捗によるスケジュール調整や人員調整が可能となった。また、製造工程で出た不良品は全て「不良分析表」に入力し、件数とロスコストの推移や合計額を一覧表にしたものを工場内のディスプレイに表示している。そこには会社の現状を全社員にオープンにすることで、モチベーションアップや業務の改善につなげてほしいという、久保氏の狙いがある。

 会社全体でDXを推進していくには、社員一人ひとりのデジタルリテラシーの向上も必要不可欠となる。元々社員教育に力を入れてきた同社では、社員に向けた早朝勉強会の実施や本の貸し出し、外部セミナーへの参加などさまざまな取組みを実施している。また、社内のDX委員会は若手社員で構成され、他社の視察や展示会の参加なども盛んに行われているという。「基本的には自由な発想でDX推進のための新たなアイデアにトライできるようにしている」と久保氏。

 さらに同社では、先進的なDXの取組みを公開しており、今では年間100社以上、それも多種多様な業種の企業が見学に訪れているという。通称“バックヤードツアー”と呼ばれる見学会では、求められれば経営手法やシステムの内側、活用方法など、全てを隠すことなく伝えている。こうした活動は、同社の企業理念でもある社会貢献としての意味合いも強い。久保氏は、「NISSYOだけが良くなればいいのではなく、社会全体が発展していってほしい。当社では、一つひとつの取組みが集まってつながり、大きなDXとなっていった。DX認定企業として、当社の取組みを伝えていきたい」と語る。


※1 久保氏による著書「ありえない!町工場」より

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